新年あけましておめでとうございます
新年あけましておめでとうございます。
新年のお祝いに続き、明るい一年となる材料を沢山用意していました。
ところが大変な幕開けとなりました。ひっきりなしに鳴る緊急地震速報、そして13年前に我々が見た散々な光景がまたテレビの画面に映し出されました。雪の無い穏やかな元旦でしたが、夜には冷え込みます。高台に避難された方たちはどうやって一夜をすごしたのでしょう。今後出来る限りの復興支援を行って行きましょう。またご家族・ご友人に被災された方がおられましたら、具体的な物資支援を行いましょう。
そして2日、同じような時間帯に今度は航空機事故です。詳しくは承知していませんが、被災地に物資を届ける機体だったと聞いて愕然としました。旅客機の乗客乗員は全員ご無事との事ですが、精神的にはどうなんでしょう。子ども達がトラウマにならないよう祈りたいです。
2011年を振り返ってみます。一人息子は小学5年生でした。東京へ出張していた私は真っ先に教頭先生に電話して安否を確認しました。その確認後電話は一切通じなくなりましたが、家族や学校の安全がわかり安堵しました。その後校長先生は避難所としての学校を指揮し、作並温泉の観光客を受け入れました。思い出すとやはり小学校は地域コミュニティの要として機能していました。私は子ども達を集めて近くの湧き水に水を汲みに行ったりしながら地域の連絡役を担当しました。改めて感じるのは地域コミュニティの大切さです。当時の小学生たちはもう就職して立派な社会人として活躍していますが、きっとあの当時の活動を思い出していることと思います。
子ども会連合会の組織運営が黄色信号から赤信号に変わりそうだとして、昨年話し合いや打ち合わせを繰り返しました。なんとか出口が見えてきてその具体的ないくつかをご説明しようかと準備していましたが、それは次の機会にします。組織のもう一つの課題がここで重要な意味を持つことを気付かされたからです。「子ども会の世話人のなり手がいないので解散を考えてます」という趣旨の相談が絶えません。新型コロナでの自粛期間を経て、子ども会が無くとも子どもは成長していくともお考えなのかもしれません。私自身基本は「去る者は追わず、頑張っている人に更に応援を」というスタンスなのですが、ここで組織が途絶えてしまった後のボディブローを考えると心配でなりません。住んでいる地域の小学校は廃校になり万が一の時には誰か知らない人が避難所を取り仕切るのでしょう。子ども達に声をかけて水を汲みに行く伝達方法はもうありません。
この大変な一年をスタートするに当たり、もう一度組織の大切さや役割を皆さんで考えて見ましょう。
本来であれば「最後に皆さんのご健康とご活躍を祈念して」と結ぶ訳ですが、「最後に皆さんと更に意見のやりとりを図り、地域組織の健全なる運営を祈念して」と結ばさせて頂きます。